武士の家計簿

最近、新書をよく読んでいる。新潮新書とかああいうヤツね。で、今回こんなタイトルに目を引かれて購入してみた。

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

武士の家計簿 ―「加賀藩御算用者」の幕末維新 (新潮新書)

金沢藩士猪山家の家計簿が、この本の元になっている。この家計簿は、天保13(1842)年7月から明治12(1879)年5月まで(欠けているのは1年2カ月分だけ)書き続けられており、その中には、買い物の内容(例えばおまんじゅうとか)やら借金の金額、借りた先まで事細かに記載されているのだ。これほどまで、きっちりと書かれている家計簿は極めて珍しいそうで、武士の暮らしぶりが手にとるようにわかる内容となっている。

算術が武士の教養には不必要と言われていた時代に、この猪山家は加賀藩御算用者の家系で、それだからこそこのような詳細な家計簿がつけられたのではないか、と筆者は見ている。ただこの猪山家、算術が出来るということで藩内で大層な出世をしていき、それがまたこの猪山家の財政状況を圧迫する元となるのだが。

江戸時代の武士(上級、下級問わず)が、借金に苦しみ、内職をし、はてまた武士の株を売るまで(これが最終的に、幕府が瓦解するもととなる)になっていくのは周知の事実だが。その理由はというと、貨幣経済にはそぐわないお扶持米やら、平和な世になり暮らしが豪奢になったり、といったことがあげられるが、ここではもうひとつ「おつきあい」というのがあげられている。いわゆる冠婚葬祭とかね、お見舞いとか。今でも、不意の出費の一番の原因ですな。

こと、江戸時代の武家というのはそういったつきあいが濃厚であったとされる。親戚や家中を訪問する時の手土産、もてなしをはじめとして、その訪問の時にはお供を連れていきますね。そう、武士というものは一人では外出しないもんである。当然、そのお付きの者にも祝儀を渡してやらなくっちゃーなるめぇ。それより、なによりもっと大きな出費になるのは「通過儀礼」というものにかかる費用であった。「通過儀礼」って何?今でいう、七五三とか成人式とか、赤ちゃんが生まれたら、お宮参りにお食い初め、ああいうもんである。この通過儀礼で、この猪山家の家計簿、泣けてくる箇所がある。長女の髪置の祝いをした時のこと。数えの二歳になった子供の長寿と健康を祝う重要な儀式である。お祝いだからして、当然「お赤飯と大鯛」を用意しなければならない。が、その大鯛を買う余裕がない!さぁ、どうする。なんと猪山家では絵に描いた鯛「絵鯛」を用意したんである!!(家計簿には、絵鯛と記入されている)。そうまでして、なぜ、そこまでしなければならないのか?だって、武士だから。武士という「身分」でありつづけるが故の必要不可欠な費用、それが冠婚葬祭にかける費用なのだ。

意外と離婚が多かったとか、嫁と実家の太いつながりだとか(これは今でも変わらん?)、旦那と嫁の間のお金の貸し借りもしっかり記載とか、女はいつも着物を買っちゃうとか・・・。この家計簿を見ていると、今とあんまり変わらんのだなーというソボクな感想を持ってしまった。しかも、借金返済もリアルに記載されていて、それがまた、すさまじいというか、なんというか。


お父さんは、いつの世も大変です(涙)

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